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2017年 01月 04日

テレサ・マガゥワン続報(1)

 1. 地元紙に事故現場の写真が出ました(事故当時や事故後のものではありません)。

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◆アイルランド国内の交通事故死亡者数
2015年 162人
2016年 187人
2017年はシェインの母親のこの事故が1人目

2. シェインの短いコメントが出ました。
I would like to say thank you and God bless you to all the people who are offering kind words and condolences. It means a lot.

◆簡単にだと「いろんな意味でたくさんの激励や追悼の言葉をありがとう」という感じで訳せますが、ここでの”God bless”は日本語にするのは難しいです。
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# by chihon | 2017-01-04 01:55 | Shane MacGowan
2017年 01月 03日

テレサ・マガゥワン交通事故で他界

 シェインの母親であるテレサが、1月1日現地時間午後3時頃アイルランド/ティペラリーの自宅付近にて自身の運転する車による事故で死去、87歳だった。当日夜(日本時間2日早朝)には現地各メディアが報じ、一部シェイン本人が死亡との誤報も流れ騒然となりました。

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 車種はトヨタ・アベンシス、走行中に道路沿いの壁に激突、即死状態だったという。自宅はティペラリーのネヌーという小さな街の外れにあり、車なしでは生活に支障をきたす土地柄です。高齢ながらも御健在でお元気な御両親の様子は、時々地元の友人の方々や側近の方々から伺う事ができていました。運転中の過失による事故ではなく心臓発作の可能性もあるとの事で、ご遺体は司法解剖されるとの事です。もしまた何かわかって、書けるようであればここに加筆します。

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 テレサはこの土地で生まれ育ち、若い頃は地元ローカルでしたが、女優でありモデルであり歌手でもありました。ダブリン出身の御主人と結婚し、シェインと妹さんを出産、1960年代に新境地を求め一家4人でロンドンへ移り住みます。その後の事についてはシェインの映画や書籍で描かれているのでここでは割愛させていただきます。そして1990年代の終わり頃に帰郷、一時はシェインも同居していましたが(シェインは現在はダブリン在住)、ずっと御夫婦お二人で生活されていました。また、長生きの家系であり、親子の仲が大変良いという事はよく知られていました。100歳は超えるだろうって思われていました。

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 新年早々突然の訃報に混乱しています。今はただただご冥福をお祈りするばかりです・・・

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 2001年ポーグス初めての再結成ツアーのダブリン公演。「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」で息子シェインの相手役として熱唱しました。今となっては忘れられない光景です・・・
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# by chihon | 2017-01-03 03:55 | Shane MacGowan
2016年 12月 31日

Cranky George : FAT LOT OF GOOD ジェームズ・ファーンリィ在籍バンドのアルバム

 クランキー・ジョージはロサンゼルスを拠点に活動している5人組。ジェームズがアコーディオン、ギター、ヴォーカルなどを担当している。中心メンバーのキーラン&ダーモット・マルロニー兄弟はアイリッシュ・アメリカンでマルチプレーヤーで、1990年代中頃ポーグスを脱退し西海岸へ移住したジェームズと長きにわたり音楽活動を共にしている。アコースティックなフォーク・ロックを基盤とし、ジプシーやクレツマーを感じさせてくれ、独特の寂れた感がたまらなく良い、そんな感じのサウンドを奏でている。
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iTunes bandcamp

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◆ジェームズは自身のオリジナル4曲ではヴォーカリストも兼ねており、現在進行形の演りたい音楽の中にポーグスで表現していたあの独特な雰囲気の中とキャラクターを散りばめている。マルロニー兄弟をはじめとするメンバーとの相性もバッチリだ。


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# by chihon | 2016-12-31 01:27 | James Fearnley
2016年 12月 28日

RIP Frank Murray

 アイリッシュ・ロック界の最重要人物であり、かつてシン・リジーやポーグスをマネージメントしていた有名マネージャー/プロデューサー、フランク・マレィが12月22日に心臓発作のため急逝、66歳だった。

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 ダブリン出身のフランクのキャリア・スタートはシン・リジーのツアー・マネージャーだ。1977年のUKツアーのオープニングにラジエーターズ・フロム・スペースを抜擢、フィル・ラィノットやフィリップ・シェヴロンとは一生親友であり続けた仲だった。リジー解散後スペシャルズやエルトン・ジョンのツアマネを経て、ポーグスと出会う。きっかけはバンドに加入したてのフィリップからギグを観るよう誘われたから。ポーグスに惚れ込んだフランクはマネージメント・オフィスを設立。親交のあったテリー・ウッズを加入させたり、当初ケイト・オリオーダンが唄って制作が難航していた「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」にカースティ・マッコールを抜擢するなど手腕を発揮しバンドの成功に貢献していく。バンドやミュージシャンが成功するには実力だけでなくレーベル、プロデューサー、エンジニア、またツアーのスタッフ等の優秀さが絶対不可欠、これらを統括しマネージメントしていた。フランクなくしてポーグスの成功はなかったはずだ。

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 1990年代になってからはグレン・ハンサードおよびザ・フレイムスを手がけた事でも知られている。その後イベントや映画の制作も手がけ、映画やドラマへ出演するなどメディア露出も多かった。近年はマイティ・ステフ、カミール・オサリバンをマネージメントしていてシェイン・マガゥワンとのコラボレーションも実現させた。
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THE IRISH POST


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◆私が最後にフランクに会ったのは3年半前のフィリップ・シェヴロン・トリビュートの時。「お前せっかく日本から来たんだから写真でも撮れよ」って感じに言われ撮らせて頂いた写真。右からスパイダー、シェイン、ラジエーターズのピート・ホリダィ、そしてフランク。心より御冥福をお祈りします・・・
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# by chihon | 2016-12-28 19:22 | Pogues
2016年 11月 14日

シェイン退院

 脊椎の損傷、肺炎などの病気の併発で入院していたシェインが退院したというニュース。入院中の禁酒状態が退院後も続いていてシラフの状態だそうだ。健康そうでなにより。

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Photo : Steve Humphreys © Independent.ie

◆ダブリン郊外の自宅にて。パートナー(日本的にいうと事実婚)のヴィクトリア・メアリー・クラークと。彼女いわく長年連れ添ってる期間中で最も長いシラフ期間だという・・・
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# by chihon | 2016-11-14 04:40 | Shane MacGowan