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2012年 02月 29日

From Gainsbourg to Lulu

 豪華ゲスト参加のセルジュ・ゲンスブール・トリビュート盤という事だが、帯にシェインの名前が無いよ〜(・・?)

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 でもきちんと1曲シェイン参加曲入ってます。「Sous le soleil 太陽の真下で」という曲、ツボをわきまえてちゃんと唄ってる。必聴です。

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by chihon | 2012-02-29 13:12 | Shane MacGowan
2012年 02月 28日

THE CELTIC SONG - 50th Anniversary Edition

 出た〜、ケ(セ)ルティック・フットボール・クラブのチーム応援歌がヴァージョン違いで4曲収められたEP ! その中の1曲がシェインのヴォーカル !

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by chihon | 2012-02-28 10:17 | Shane MacGowan
2012年 02月 27日

Candice Gordon : BEFORE THE SUNSET ENDS

 一応シェインがプロデュースって事なので買いました。女ニック・ケイヴ、とでも言えばわかりやすいかな。シェインのバック・ヴォーカルもイイ感じ。

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by chihon | 2012-02-27 03:27 | Shane MacGowan
2012年 02月 26日

James Fearnley : HEY HO

 こんなのもあるぞ! ダウンロード・オンリーでのリリース。哀愁漂うジェームズの世界。

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by chihon | 2012-02-26 00:16 | James Fearnley
2012年 02月 25日

Lou McMahon : DELICATE DANCER

 テリー・ウッズがプロデュースした女性シンガー・ソングライターの4曲入EP。早速ダウンロード購入して聴いてます。テリーのフォーキーな音作りにジャージーな美声がのっていてハマってしまいそうです。

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by chihon | 2012-02-25 19:57 | Terry Woods
2012年 02月 19日

Japan & Australia Tour Dates 2012

 オーストラリア・ツアーの前に、6年ぶり7度目の来日公演が行われる(東京のみ1回限り)。

March 28 Tokyo, Studio Coast
April 1 Perth, West Coast Blues 'n' Roots Festival
April 4 Melbourne, Festival Hall
April 8 Byron Bay, Bluefest
April 11 Sydney, Hordern Pavilion
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by chihon | 2012-02-19 00:11 | Pogues
2012年 02月 19日

最初のポーグス・フォロワー The Whisky Priests 1985-2004

 このバンドに関して「昔は良かった」という年寄りの繰り言のように思われるかもしれないが記憶が風化しないうちに記しておきたい。

 ボクが一番最初に認識したザ・ポーグスのフォロワー、ザ・ウイスキー・プリースツは1985年イギリス北部のダラムで結成。まだポーグスがブレイクする以前だ。最初期のザ・ポーグスに感銘されたザ・クラッシュ好きの双子の兄弟、ゲイリーとグレン・ミラーを中心に活動を開始。ポーグスがアイルランドの伝統音楽にこだわったのに対し、彼らはイングランドの伝統音楽にこだわっていた。ポーグスのメンバーがどちらかというとミドル・クラス出身だったのに対し、彼らはワーキング・クラス出身。シェインにアイルランド訛りはそれほどなかったのだが、彼らには強烈なイギリス北部訛りがあり、歌詞表記にしてもネイティヴを貫き、それをアコースティック・ビートに乗せ炸裂させていた。「ポーグスに対するイングランドからの返答」と称したメディアもあったほどだ。

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◆88年のEP。バンド名表記、KとYの間に'E'は無い。'E'があるのと無いのじゃ意味合いが違ってくる・・・

 彼らは自らのレーベルからレコードを出し、自らバンを運転しイギリス全土をパブやフォーク・クラヴを中心にくまなくツアーしていた。ゲイリーとグレンの活動ペースに付いて行けないのか非常にメンバーチェンジが激しく、アルバムごとにまたライヴを観るたびにメンバーが変わっていた。それでも90年代中頃になるとヨーロッパでも人気を得て、特にドイツとオランダではブレイク寸前のところまでいき、後のアイリッシュ・パンク・ムーブメントの火付け役になった。ボクは彼らのアルバムを日本でデストリビュートした。来日もさせようと企てたのだが、それは残念ながら叶わなかった。

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◆89年のファースト。 音もそうだが、服装や態度、言葉使い、とにかくイカした連中だった。彼らはみんなティーンエイジャーだった頃から地元ダラム周辺の炭坑や工場や畑とかで働いていたという。都会のパブで飲んだくれてるスノッブな連中とはあきらかに違った・・・

 ウイスキー・プリースツがあいかわらずメンバーが不安定ながらもヨーロッパにもツアーするようになり、エレクトリックな方向に行き始めたその頃は、ポーグスは既に解散しシェインがザ・ポープスで活動していた頃。それを追いかけるのと同時にウイスキー・プリースツをはじめ、オイスター・バンド、レヴェラーズ、メン・ゼイ・クドゥント・ハング、ソー・ドクターズ、といったバンドのライヴをよく観ていた。1990年代の度重なる渡英/渡アイルランドの中でウイスキー・プリースツのライヴを何度も体験できたのは今となってはいい想い出だ。インディペンデントに活動するツアー・ミュージシャンの姿を間近で見れたのはいい体験だった。彼らが初期に演ってたイギリスのトラッド、特にワークソング/労働歌などを聴くと当時と今とでは違った感情を受ける。このバンドに出会わなければ「ただのポーグス好き」のままだったと思う。そしてライフワークとしてイギリスやアイルランドのこういった音楽ばかりを好んで聴くようになっていってしまった・・・。

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 そんなウイスキー・プリースツも2004年には活動に行き詰まり解散を余儀なくされてしまった。その頃にはもう彼らには興味を失ってしまっていたので、解散を知っても特にこれといった感情はわいてこなかった。最後にライヴを観て彼らに会ったのは確か1995年、マンチェスターとその周辺。ライヴが終わってからゲイリーの運転するバンに乗せてもらいホテルまで送ってもらった事だけ覚えている。今思うと、彼らとボクは歳が同じで互いにクラッシュ・ファンだったから意気投合したのだと思う。彼らの訛りはほとんど聞き取れなかったが、ポーグスの話をした事はなかったと思う。
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by chihon | 2012-02-19 00:10